第58回「理解しようとする心」
こんにちは、高橋ゆうすけです。先週、革新・愛知の会主催の講演と文化の夕べで、青年ネットAICHIの仲間と一緒に寸劇に教師役として出て以降「先生!」と呼ばれることが増えてしまってビックリしている日々を過ごしています(笑)。
さて、今日のテーマは「理解しようとする心」。実は私の教え子が今、某素人劇団の公演に向けて演劇の練習をしているのですが、耳が聞こえず、話すこともできないという役に挑戦をしています。言葉がわかると伝えたいことを理解することもできますが、その言葉を使うことができない、そのため見ているこちらも何をしたいのか、動きで判断するしかありません。だからこそどうやってその役の思いを伝えようかと、一生懸命になって体全体で表現しようとしています。
ただ、その表現は、ボーっと見ているだけではやはりよくわからない、ということもあります。こちらが何を伝えようとしているのかを知りたい、理解したいという気持ちがなければそれはただの動きでしかないからです。その人が何かをできないもどかしさ、何かを伝えたいという思い、様々なことに思いを馳せていく、それが必要だということを、練習場に行った時に改めて感じました。
先日ニュースや新聞で報道されていましたが、障害者に対しての差別や偏見、嫌がらせというものは今の社会の中でも少なからずあります。私の周りにも障害を持って生きている友人もいますのでもしその友人が嫌がらせを受けたとなると悔しくてなりません。障害者の思い全てを理解することはできませんが、ほんの少しでも理解したい、そういった気持ちをこれからも持ち続けていこうと思います。