みなみ区民報にて

5月5日号のみなみ区民報から、「高橋ゆうすけのハッピーついーと」と題して高橋のことを知ってもらおう、とつぶやき…と言っても長かったりしていますが…を連載することになりました。政治に関するものから、趣味やら自分のまわりで起きたことへの感想だったりと、思いつくまま書いているというものです。

とりあえず、第一回の記事を載せます。

 

こんにちは、高橋ゆうすけです。「みなみ区民報」に私のコーナーをつくっていただきました。

このコーナーでは、私「高橋ゆうすけ」が普段どんなことをしているか、どんなことを感じているか、ということを中心に、気ままにつぶやいていきます。

まず第1回目の今回は、選挙のドタバタで自己紹介をする機会もありませんでしたので、改めて自己紹介をしていこうと思います。と言っても堅苦しい自己紹介は抜きにして、趣味の話から。

趣味…私の場合はとてもたくさんあります。三線(サンシン)、ベースギター、カホン、合唱、風景写真撮影、手品などなど…。とにかく興味を持ったことをとにかくしてみる、ということをしていたら趣味の幅が広がりました。(時間もなくなったのでやめてしまいましたが、少年野球(硬式)の審判もしていたこともあります。)

それぞれの趣味について、色々と語りたいことがいっぱいありますが、語っているとそれだけで紙面いっぱい使ってしまいそうですので、今日はその中の一つ、三線について書きます。

この楽器、蛇の皮を張ってある沖縄の楽器ですが、意外と簡単に弾けます。ギターをされている方にはフレットがないから難しく思われるのですが、沖縄音楽は“てーげー”(いい加減)なのが醍醐味。適当に押さえて音がだいたい合ってさえいればそれでいいのです。(もちろんきちんとした流派などはしっかりと弾く必要ありますが。)

そして独学で続けてかれこれ10年ほど。友人の結婚お祝い会で急きょ演奏したこともありました。また、3月までは高校で社会科を教えていましたが、時折三線を授業の中で使うということもしていました。(意外がられますがちゃんと授業に関わるんですよ)

機会があれば、三線の演奏訪問に行けるといいなぁ、と思っています。もし来てほしい、という方がいましたら、気軽に呼んでください。

よろしくお願いします。

第84回 愛知県中央メーデー

昨日は、白川公園で行われた第84回愛知県中央メーデーに参加をしてきました。

集会前に、日本共産党衆議院議員佐々木憲昭さん、参議院議員選挙愛知選挙区予定候補もとむら伸子さん、日本共産党名古屋市議団のメンバーとともに、宣伝行動をしました。

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メーデーオープニング行事では、名古屋市長選挙に立候補し、善戦した柴田たみおさんがあいさつをされました。

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 愛知県中央メーデーには、3,500名が参加し、メーデーの歴史(アメリカの労働者・労働組合が、1日8時間労働、そして8時間の睡眠と8時間の自分の時間を求めてのストライキが期限だったこと、そしてそうした動きに世界の労働者が連帯していったことなど)が紹介されました。

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終了後は栄まで、消費税増税反対、TPP参加反対、賃金の引き上げなどを訴えながらパレード(デモ行進)をしました。

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 生活の不安なく働き、子育てできる社会の実現を目指して、思いが一つになったメーデーとなりました。

主権回復の日???

4月28日、主権回復の日と称した行事が開かれました。

この日に日本は主権を回復した、との考えからですが、その考え方に違和感を持たざるをえません。

この日、沖縄は正式に日本から切り離されてアメリカに占領支配されることになり、沖縄へ行くにはパスポートが必要となりました。

戦時中も政府は沖縄を日本ではない、というような(はっきりは言っていないでしょうが)差別政策をとり、多くの人が戦争に巻き込まれて亡くなりました。

戦後も、そして現在も沖縄に暮らしている人たちの声を無視し続けています。在日米軍の7割は沖縄に集中し、領空権も米軍が優先されていること、そして多くの人たちが心配の声をあげているオスプレイ配備に対しての住民の声は無視して、アメリカの要望を優先させる政府の態度…沖縄のことをどのように考えているのでしょうか。

そして、行事の中で、「天皇陛下万歳!」の声が…。

最近よく憲法改正論議の中で、天皇を元首に、という声がありますが、なぜ天皇を元首にしなければならないのか、天皇制イコール軍事国家とは思いませんが、天皇を政治利用すべきという考えが見え見えで、正直気持ち悪いです。

主権回復というのであれば、自分たちにとって都合のよい選挙制度はやめ、国民の声が届きやすい選挙制度へと変更し、しっかりと国民の権利を守りひろげるためにも、アメリカの意見に流されず、国民の声を聞く政治を進めていってこそではないでしょうか。

もちろん、アメリカを全批判するつもりはありません。

アメリカとも仲良くしていくためにも、話し合いをすることは大切です。

しかし相手を尊重することと、相手に迎合することとはまったく違います。

その区別もできないのに、そして国民の声も聞かないのに、よく強気でいられるな、とある意味感心してしまいます。

と思っていたら、1952年4月28日は、岸元首相が公職追放の解除をされた日でもあったのですね。

安倍首相にとっては記念の日となるわけですか…なるほど。

戦争責任そして核不使用

ここ数日、平和に関わるような内容のニュースがたくさん流れています。

ひとつは核不使用の声明に日本政府が署名をしなかったということ。

核兵器をすべての場合で使用しない、ということに同意できない、という理由らしいですが、戦争被爆国日本は、核兵器は非人道的兵器であり、核兵器廃絶を世界に訴えてきたのに、なぜ署名できないのかがわかりません。

国連軍縮会議でも政府は「核兵器の全面的廃絶への道程」を提案し、賛成多数で採択されています。

その日本が、なぜ、すべての場合で核兵器の使用の禁止を拒絶するのか…。

そして、戦争責任に対しての首相の言動。

日本がアジア諸国を中心に加害を加えたこと、それについては認めるにも関わらず、侵略ではなかったと。国際社会の定義に基づいて言えば侵略であることが明らかなのに、学会で決まった定義がないというような話をする始末。

学会とはどのような学会のことなのか、そして、国によってとらえ方が違う、というのであれば、国際社会というものをどのようにとらえているのか、正直疑問しかわかないのですが…。

そして、歴史認識は歴史家・専門家に任せるべき、との回答。であれば、個人的な認識に基づいた行動をするべきではないはずなのに、靖国神社への参拝。言動と行動があっていない気がしてなりません。。。

最近、いじめ問題、体罰問題がよく教育現場でも叫ばれていますが、国家においても、安直な暴力(軍事力)に頼るのではなく、もっと話し合いを重視していく必要があるのではないでしょうか。

と、思ったことをつらつらと書き綴っただけですので、駄文になっていますが、気にしないでください。

名古屋市長選挙・市会議員補欠選挙

4月21日(日)に行われた、名古屋市長選挙および名古屋市会議員補欠選挙(南区・守山区)は、低投票率での選挙になりました。

今回、私自身は、5,682票の得票となりましたが、その1票1票は、切実な要求を持っている方たちが私に願いを託してくださったものです。その願いをしっかりと受け止め、これからも一歩一歩、前に進んでいきます。

今回の選挙においては議員としてその願いを市政に届け、実現することはかないませんでしたが、2年後の選挙では、必ず議席を取り、市政で皆さんの願いを届けられるようにします。

私が今回街頭で訴えた公約は

1・介護を含めた福祉の充実

2・雇用の拡大と中小企業を活かした街づくり

3・災害対策

4・憲法を守り暮らしに生かす

という4つでした。

1番目の福祉の充実、これは、高齢者の問題ではなく、若者の問題でもあることを、自分自身が実感しています。

私の母は数年前に人工股関節置換手術を受け、その手術で麻痺が残り(手術の失敗というわけではなく、母の体型的な問題)、かつ、手の親指も動かないため、現在、デイケアで週3回のリハビリ・介護、そして電動車いすを利用しています。

この介護を受けるための保険料・利用料を見たときに、母の年金だけでは絶対に介護は受けられないことに驚きを感じました。

まだ、母の場合、要介護2ということもあるからか、そこまで大きな出費にはなりませんが、介護の度合いが大きくなればなるほど、家族にかかる負担も大きなものになることは容易に想像がつきます。

しかし、現在の制度では介護を必要とする人が、介護を受けるための経済的余裕がないために介護を受けられない、ということが起こりえます。これで本当に福祉国家といえるのでしょうか?

誰もが必要な時に安心して介護を受けられるように、そのための介護保険であるのに、それが本人だけではなく家族の生活の負担になる、そんなことがあってよいのか、そんな思いがとても強くありました。

そうしたことから、この介護の問題、どうにかして改善をしていきたい、そう考えていました。

もちろん、介護の問題だけではなく、保育所の廃止・民営化や保育料の値上げも、名古屋の経済を停滞させることにつながる問題ですので、廃止・民営化をやめさせるよう、取り組みを進めていきます。(南区においては「南保育園」と「氷室保育園」がその対象)

敬老パスは、公約に掲げていたら、他の陣営も同じことを主張しはじめましたので、しっかりとやってもらうこととしますが。

と、とりあえず、初めてのブログの記事ではありましたが、(選挙前には時間がなさ過ぎてブログの開設ができませんでした。)これからに向けての思いや活動などをできるだけたくさん報告していきます。

活動報告を中心に情報発信